"....my attempt to show how one writer was formed. Not how one writer was made.
I don't believe writers can be made, either by circumstances or by self-will."

by Stephen King (On Writing
0歳 8月8日、岐阜市長良川沿いの病院で、長良川花火大会の日に生まれる。
5歳 幼稚園で図体のデカい女の子にずうっといじめられていたが、卒園間近のある日、勇気を出して一発ポカリ、いじめ解消。実力行使の威力を知る。
6歳 小学校入学。担任が乾布摩擦を推奨しており、真冬でもブルマー一丁。やっぱり健康は大切。
10歳 「自分を知っている人が誰もいないところに行ってみたい」と思い、将来の留学を決意。
15歳 スカート長い、名札しない、髪は天パで、学校では先輩や先生に目をつけれられる。大人が鬱陶しい。おニャン子全盛期。放課後は、給食室へ行って牛乳をもらい、友達と教室でカラムーチョを食べながら「夕焼け」を見ていた。
3年間のツケがまわり高校受験失敗。人生は要領だけじゃどうにもならんと悟る。 私を目の仇にしていた女体育教師に「アンタなんかどこへ行ったって駄目よ」と言われ「本当にそうか黙って見とき」と言い返す。
15歳〜18歳 県内唯一のカトリック校、聖マリア女学院高等学校に進学。 私服外出、異性との接触、保護者のつきそわない外食など、禁止事項だらけ。監視の目をくぐって(たまに)遊び、かつ腹をくくって勉強、高校生活を謳歌。やるべきことをやっていれば遊んでもOKと悟る。
18歳〜20歳 上智短期大学入学 親元を離れて英語漬けの日々。短大はカリキュラムが厳しい。留学準備として週に一度YMCA関内のTOEFLクラスにも通う。
20歳 「日本人の多い有名校で埋もれるより、無名校でトップをとろう」と考え、アメリカの大学4校にapplicationを送る。ニューイングランド地方、州立大学、学生3000人程度、大学院併設、マーケティング科あり、という条件で選択。一番返事が早くて対応が親切、日本人学生が少なかった大学に入学決定。
卒業後、8月に渡米。4日後に21歳となる。
(つまり、アルコールが買える年齢になった!)
21歳 New HampshireのPlymouth State College編入。マーケティング専攻。
一般教養は短大の単位でほとんどをカバー、いきなりJunior(3年生)。17、18歳のFreshman達との寮生活。私だけ酒が買えるため「アタシ達の方がどう見たって大人なのに」とよく言われた。
5歳児なみの英語しか話せければ5歳児なみに扱われる。悔しかったら語学年齢を上げていくしかないと悟る。
23歳 大・大失恋するも、歯を食いしばって学業だけは守り抜き、Honor Student(成績優秀生)として卒業。恋の傷はいつか癒えるし、頑張ったことは心の歴史に一生残る!
傷心を抱え帰国。
24〜28歳 Japan Timesの求人広告を見てアパレル貿易会社海外部に入社、のち外国人向け家具リース販売会社、ブランドライセンス商社と渡り歩く。
学生時代が長かったため、社長を校長、役員室を職員室などと言い、笑われること何度か。しかし、どこでも3日目から10年選手のような顔で女番長に。「接待部長」「おぢキラー」と呼ばれる才能が開花。
働きながら週一度、翻訳学校に3ヶ月通う。その後、小失恋を機にライタースクール入校を決意、1年間まじめに通う。
28歳 ライタースクール卒業と同時にOL生活に別れ。フリーライターとなる。