第32回『ビートルズ初来日:西洋乞食とキチガイ娘?』
(2006_03_17)

 先日取材でお会いした湯川れい子さんによると、1966年のビートルズ初来日は、それはもう大騒ぎだったらしい。今では、ちょっと考えられないほどの。

 「神聖な武道館を、薄汚い西洋乞食なんぞに使わせるとは何事だ」
政治家達はそう言って不快感を露わにし、それは当時の新聞にさえ、そのまま掲載されたという。
コンサート当日は、武道館前に装甲車が出て、チケットを持たない少年少女達を警官が片っ端から補導したという話もある。その数、三日間で6500人以上。
運良くチケットを手に会場入りした女達は、“コンサートで我を忘れて立ち上がりキャーと言う”生まれて初めての体験をし、警備のため通路にずらりと並んでいる男達(警官、警備員、バイトの柔道部員その他)に、
「こらーっ、座って聞けィーーっ。このキチガイ娘ーーーっっっ!!」
と怒声を浴びせられたのだという。
演奏していたビートルズ本人達でさえ、楽器も歌声もまったく聞こえなかったと言っている。

 新しい音楽に出会い、若者達は今までにない自由を感じた。
開放されたエネルギーは、自分達でさえも驚くほどで、持て余しながらも嬉しくて、幸福感に充ち満ちていただろうなと想像する。
湯川さんは、「そのキャーそのものに意味がある」と言った。
あなたがそこにいて、自分がここにいること。たったそれだけのことを、互いの存在をそこまで喜べるなんて。そんな教育、他の誰にできただろうか、と。
ここから先は、私自身が感じたことなのだが。その素晴らしさを、当時すぐに見抜けなかった大人達がおそらく山ほどいて、それは仕方のないことだと思う。
時代の動きがダイレクトに伝わるのは、その時代に伸びていこうとするエネルギーを持った人達にだけ。何も感じない人達にだって、罪はない。
ビートルズを愛した若者達ですら、自分達を突き動かすものの素晴らしさを、必ずしも理解していたわけではないだろう。
40年前、新しい音楽に、人々は熱狂した。それ以前の文化をひっくり返すほどの大きな波だった。激しい抵抗を受けたその音楽も、今では教科書に載るほどである。
一般の人が嫌悪感を持つものの中にこそ、次の時代の芽がある。
誰の責任がどうのという話ではない。今となっては笑える話。ただそういう事実があった、同じことが今もあろうということだ。

 二時間にわたる湯川さんの話の、これはごく一部にすぎない。記事にしてしまえば、ほんの何行か。けれど、ヤマの一つ。重要な部分。
私は、「薄汚い西洋乞食」も、「キチガイ娘」も、そのまま記事にした。「こじき」と「きちがい」が差別用語とされているのは、もちろん知っている。
しかし、この文脈で傷つく人達が、本当にいるか?
これらは、湯川さん自身の言葉でもなければ、現代の発言でもない。
差別用語だからと自動的に削除していたら、音楽史上の事実を葬り去ることになる。
事実を伝えていくことさえ許されないとは、自分達の手で宝物を捨てているようなものだというのは、大袈裟だろうか。
私は、自分ら進んでこれらの言葉を削除することは、どうしてもしたくなかった。
半ば祈るような気持ちでいたが、やはりクライアントから物言いがついたと連絡が。(クライアントは、編集業務をプロダクションに外注している)
結局、「西洋乞食」も「キチガイ娘」も、削除。
私がこの二語を原稿に入れたことで、クライアントから編集部へ、編集部から私へ原稿の変更指示があり、既に原稿を承認していた湯川さんへ私から申し入れをすることにもなった。
担当編集者が「当方も理解していますから」と言ってくれて助かったのだが、私のこだわりによって、余計な仕事を増やしてしまったという事実は事実。皆で一つの仕事をするというときに、それはやはり問題なわけで。
今回こんなことがあった以上、今後同じ媒体の取材で「差別用語」が出たら、私が自らの手で切り捨てざるを得ない。
はあー。そうなったら気分が悪いな。溜息が出る。

追記:↑このような経緯をたどったはずだったのだが、編集部から送られてきた完成本を見てみたら、「西洋乞食」が復活していた!!ギリギリのところで、戻したらしい。ちょっと嬉しかった。そうよねえ。あれに関しては、当時の新聞にも堂々と出ている表現であって、削る必要はないと、湯川さんもおっしゃっていたものねえ。