第29回『消えた常連』
(2005_09_22)

 以前からずっとTakigawa OnlineのBBSに訪れてくださっている方は、誰もが不思議に思っていると思う。
 あれだけ頻繁に登場していた、50代男性の草思さん、20ほど年上の夫を持つ東京在住30代主婦の知美さん、長野へUターンした元編集プロダクション勤務20代OLのYURIEさん、広告代理店勤務の父を持ち女子高生から女子大生になったテルミンさんは、どこへ行ってしまったのか。
そういえば、商社勤務で、上海に転勤になったFunFunさんという人もいたはず。
以下、長くなるけど、がんばって説明してみる。

 実は、上記五名、全員、同じ男でした。
 「草思」が本人キャラで、あとの女性四名は、彼の創作。
 そして彼は、Takigawa Onlineで管理人を務めていた男性。
 つまり、管理人を含めれば、六名が同一人物。
 ぶっ飛ぶ、よね。彼らの存在を覚えている人ならば。

 彼は、私のことが好きで好きで、変な方向へ行ってしまった。
 IT関係の管理をしていた立場を利用して、私宛のメールがすべて自分へ転送されるように設定。
 その他いろいろと問題を起こして、警察や弁護士に相談するような事態に発展。その調査過程で、BBS上でのなりすましが発覚した。

 私は実は、BBS上での妙な行動に、まったく気付いていなかったわけでは、なかった。
最初に変だと思ったのは、テルミンの言葉遣いだった。女子高生が変わった日本語を使うとしても、あれはない。彼女の登場時、意図的に文体を壊そうとしているとすぐに分かった。
 しかし最初は、親しい友達に「あれ、あなたじゃない?」と言われたくなくて、そうしているのかなと思っていた。めでたいなあ、私。
 ところが、それにしては、興味の対象や考え方がオジサンっぽい。二人の話の展開の仕方がやたら似ている。「もしや…」と思い始めた。

 テルミンは、しょっちゅう自分の名前を「テネミン」と間違えていた。これは、「ね」と「る」のキーが隣り合わせだからだ。書き手が「かな入力」している証拠。
 いまどきの女子が、かな入力など、まずしない。私の知る範囲では、母と、彼だけであった。二人とも、五十代である。

 私は、本人に聞いてみたこともあるのだ。「あれはあなただと思う」と言ったところで、否定するのは分かっていた。
 でも、彼が恥をかかないように、気づいていることを教えておいてあげるのが礼儀。止めるなら今だと知らせたかった。
 でも奴は、やめなかった。

 彼がさかんに話題にしても、私は興味がなくて食いつかない。そういうものは、私が思ったとおりにテルミンがネタにした。
 Ally McBealの話になったとき、彼の英語が間違っていたのを指摘しなかったら、同じ間違いをして登場したので、やはり彼なのだと確信した出来事もあった。
 「喫茶店で二時間話がもたない男はもてない」とかいう本も、ネタにするだろうなと注意していたら、案の定。

 知美&YURIEについては、どうか。
 あの二人は、一人の男性が演じているのだろうとは思っていた。
 二人の醸し出す「女性らしさ」の類似性に当初から気がついてはいたのだが、YURIEの名で知美キャラが書き込むなど、妙なことがあって「これは…」と思った。
 私はこれについても、彼本人に話したことがある。同じパソコンで二人分の書き込みをしているから、前に使った名前が書き込み欄に残ってしまっていたのに違いない。あの二人は、本当は男だと思う、と。
 しかし、あの二人も、彼だったとは。
 一番新しいキャラで、数回しか登場しなかったFunFunについては、完全にノーマークであった。

 テルミンが彼だと分かっていながら、残りの二人が同一の男性だと見抜いていながら、全部彼一人の仕業だとは思わなかったところが、本当に私らしいというか、呑気で抜けている。
 ほんの短いあいだに、ほぼ全キャラが立て続けにBBSに登場し、キャラ同士が会話をし、互いを称え合ったことだって、まれではない。
 自分の元で、こまごまと働いている男性がそこまで病気だとは、いくらなんでも思わなかった。

 アンタ甘いよ。はい、分かっています。
 女子高生(後に架空の受験を経て女子大生になった)が、実は身近なおっさんであること。
 OLキャラと主婦キャラが、同一の男性であること。
 それに気づいていたらなぜ、さっさと吊し上げて退治しないのか。
 気持ち悪くないのか、アンタおかしいんじゃないのか。
 私だって、気味悪さを感じなかったわけではない。
 しかし私は、自分は騙されていると思いながらも、その可能性に気づいているのだから、それでいいのではないかという気も、していた。
 自分の身近にそこまで病んでいる奴がいるという恐ろしい現実に、蓋をしておきたかっただけ。そんな私の弱さの表れなのかもしれないけれど。

 インターネットは、顔も、素性も分からない相手とのコミュニケーションが当たり前の世界。そこに集う人たちの全てが、本人のままなわけではない。
 性別や職業など偽らずに登場している多数の人々も、名前はハンドルネームであるし、本人が意図するしないにかかわらず、虚像の部分だってある。
 だから、架空キャラである可能性は念頭においておき、相手がどうしようもない失態を演じること、私がどうしても退治しなくてはならないと考える事態にならなければ、あえて指摘はしなくてもいいと考えていた。
 虚像をつくりたければ、つくればいい。その機会と権利は、誰にでも平等にある。
 私は、ネット上で与えられた限りの情報で、登場する相手と向かい合えばいい。相手が作り上げられたキャラクターであっても、対応する私は、私。私が書いた言葉は、まぎれもなく、本物の私の言葉。それでいいではないか。
 そこに書かれた姿が、実際の人間とどこまで同じで、どれほど違うか。それを気にすることに、どんな意味があるのか。
 そんなふうに考えていた。

 しかし、現実が侵されたとなると、話は別だ。
 そこまで来て、私は初めて、自分がしてきたことの危うさを知った。彼の暴走によって私の周りの人間にまで害が及んでしまい、何度も何度も謝った。
 架空キャラの可能性を知っていたとはいえ、実際に六名が同一人物であったことが現実に暴き出されたことは、やはりショックだった。
 BBSとは直接関係はないけれど、警察沙汰にもなってしまった。
 いったん閉鎖して、いずれ新たな気持ちで再開したほうがいいのではないだろうか。
 いや、何があっても、BBSに出続けるのが私の役目なのではないか。
 そんなふうに揺れながら、今もBBSはそこにある。
 今だって、いつどんな形で架空キャラに振り回されるかも分からない。が、私はとりあえず信じる。実体はなくとも、そこにまぎれもなく存在する人を。
 あんなことがあったけれど、今の私にはそれができている。できている間は、そして私がきちんと答える時間を確保できる間は、BBSはそのままにしておこうと、今は思っている。

 一昨年の殴打事件に続き、今度もいろんな人が心配してくれた。
 これを読んだら、新たに心配する人の数が増えるだろう。気にかけてくれて、どうもありがとう。
 どんな形にせよ、この次に何かあったら、警察が動く。弁護士もつけている。今度こそ徹底的に罰せられることになる。
 しかし、この期に及んでなお、最後の最後には彼の良心が彼を止めてくれると信じている私は、大馬鹿だろうか。だろうな、きっと。