第28回『“正直に”生きてる迷惑男』
(2005_04_15)

 仕事帰りの電車で、隣のつり革につかまったオッサンが妙に私の顔を見つめている。“なによ”という意思表示のつもりでその男の目をしっかと捕まえたら、奴は緩んだ口で
 「好み」
と言った。
 アホか。
と返したいところだけど、実際には「どうも」と会釈しただけで、流れる景色に視線を戻した。都会で暮らすと、ヘンなことに慣れっこになる。
 いつの頃からか、不思議に思うようになった。
 「それ言ってどうなると思ってんの?」と言いたくなるようなことを言う奴が、やたらに増えていないか。

 例えば、夕方以降、敵は入れ替わっているのになぜか同じのナンパ文句。
 「もう帰るんですか?」
 これ、なに?なんでこれが最近の定番なの?私はいつも、敵意はないが好意もないギリギリの微笑で「はい」と行儀良く答える。で、歩き去る。
 それ以外に、何か違う答えをする婦女子がいるのだろうか。「いいえ、アナタと何処へでも」などと言ってもらえると、彼らは思うのだろうか。まさか。
 そもそも、思い至らないのだ。言われた方がどう感じるかなど。ちょっと考えれば分かるのに。どうしようもなく想像力が足りない。
 仮にも私がナンパをするなら、絶対にもっとマトモにやってみせる。少なくとも、最初の「ハイ」だけで会話が終わるような質問は投げない。
 YesはNoより言いやすい。そもそもYes/Noで答えられる質問は圧倒的に不利であり、二者択一または5W1Hにすべきだ。これってセールスや交渉の基礎の基礎だろうに。
 見ず知らずの人々から、どう考えても妙な誘い文句を受けるたび、「まだまだイケる?」と浮き立つ自尊心が落ち着いた後、「あの人きっと仕事もできないんだろうなあ…」などとついつい考えてしまう。男性の皆様気を付けましょう。

 そんなことを考えていた折、ライタースクール時代の友達が、これまた妙な経験をした。
 電車で隣に座ったオヤジが変にそわそわしており、長年の経験から「コイツ何かやらかすな」と思っていたら、案の定。
 手帳を取り出して何かグシャグシャ書き始めたと思ったら、彼女にツンツンして、紙切れを差し出した。何事かと思えば、
 「なんだかヤリたくなっちゃった。#@%&¥*〜」
などと書いてあった。記号の部分にも延々と書かれていたそうだが、目が汚れるとの瞬時の判断により、読んでないとか。
 彼女は、とってもおとなしそうに見えるのに、実はツオイのだ。クァーっ。数秒、一分と時間が経つにつれ、どんどんアッタマに来て、考えた。
 「私が降りるときになったら、立ち上がったついでにこのメモを大声で読み上げてやる。何よこれ“なんだかヤリたくなっちゃった”ですってぇアナタ何考えてんですか恥ずかしいぃぃぃって言ってやる!」
 よっしゃ、着いた!立ち上がった彼女。
 だが、隣のオヤジも同時に立ち上がり、彼女が「げっ、ご近所かよ」と思ったスキにそそくさと降りていってしまったのだそうだ。ああ〜ん、惜しかったなあ。

 「自分に正直に」とか「本音で生きる」とか言うけれど。
 自分自身を正しく把握することが大事なのであって、それをナマのまんま出すのは「正直」じゃなく「馬鹿」であって、「大迷惑」である。
 「そんなバカな俺も素敵さ」なんて、あり得ない。迷惑は迷惑。
 どうせうまくいかないことだらけの日常、言うだけ言って、やるだけやっときゃ損はしないだろ…なんていう怠惰で考えなしの奴に、“自分に正直に生きる”資格などないのだ。自分の言動がもたらす結果を想像するくらいのことができないのなら、つまんない人生に甘んじたまえ。
 自分に正直に、本音で生きるって、ものすごく頭を使うもの。何だって、簡単そうに見えることがホントは難しい。
 ちょっとムッとされるくらいで済めばいいよ。でも、不用意にやったら、誰かを傷つけるかもしれない。その痛みで自分も傷つくかもしれない。全部引き受ける気合と覚悟もないのに、やっちゃいかん。

 なんてこと気張って書いたりしても、ここに来るのは“分かってる人達”なんだよなあ。問題は分かってない奴らなんだけど、そういう人はここへは来ない。困ったものだ。