第27回『ハハのぶっ飛び英語』
(2004_11_18)
 じゅけ?
 「ねーねーエリちゃん、“じゅけ”って何?じゅけって?」
 Perthのホテルで迎えの車を待っていると、隣にちょこんと座って表を眺めていた母親が言った。今度は何だよーと思ってキョロキョロすると、はいはい、看板がありました。
 「ジュースだよ!J.U.I.C.E」(ありゃKじゃないよ。IとCだよ)

 ハハは、持てる全てを駆使して、身の回りにあふれる英語を理解しようとする。たぶん気が向いたときだけのことだろうが、立派である。
30年以上も前に商業高校を卒業したっきりなのに、時にはホテルのフロントの嬢ちゃんの話を横でふんふんと聞き、驚くほどの的中率を見せたりするので、あなどれない。あれは不思議だ。
 が、土台となる知識がなさすぎて、ほとんどの場合、惜しいところで派手にすっ転ぶようなことになるのであった。

 「お母さん一コ気が付いたわ」 150cmの短身でウキウキと鼻を高くしているので何かと思えば、「スチュワーデスって、相手のこと見て呼び方変えとらへん?」。そりゃあまあ、そういうことは、あるのかもしれんね…と思ったのだが。
 「身なりの良さそうなちゃんとした男の人のことは、サーやろ?」うんうん、Excuse me, sir.とかね。
 「で、そうじゃない男の人には、マンって言っとる。マンって男やろ?」
 マ、マン?いやいやいやいやいや。おいおいおい。
 「そりゃmanじゃなくてma'amやろ?」
 「何?」
 ハハは、“あいまい母音”や語尾の子音の聞き取りが苦手である。当然といえば、当然ですが。

 「水族館って何て言うの?」と聞くのでaquariumと答えれば、何度も「はっ?」「はっ?」と聞き直され、こちらが完全にカタカナ化して「ア・ク・ア・リ・ウ・ム」と言うまで決して「ふーん」とは言わない。
 で、「あくありうむ?あのおじさんそんなふうに言っとったかナア」と不満げなのある。道に迷って、おじさんに水族館に行くのかと聞かれたらしい。だからあ、そのおじさんネイティブやろ?aquariumって言ったやろ?そりゃアクアリウムとは言わんよ。

 ma'amはmadamの省略なのだと説明すると、「なあんやぁ、そおなのー?」としゃがみ込まんばかりの大リアクション。ハハは吉本芸人じゃないが、ボケとズッコケはワンセットなのであった。
 まあね、飛行機の中じゃ、前に座った人は頭のてっぺんしか見えないもんね。男女は分からんかもね。同じフレーズを繰り返しているのに文末だけが違うってことに、よく気が付いたよ。目のつけどころは良い。良いわ。

 海外旅行中のハハの好奇心は、子供並みである。あ、ほめてるよ。カナダにて駅のベンチで電車待ちをしているとき「ねえ、“インターナショナル手袋”って何?」といきなり切り出したこともある。「はあ?」ハハの視線の先には、International Globeと書かれた青いスタンドがあるのだった。
 ハハよ、ボストン・グローブとか、聞いたことないかい?こちらに気力体力があるときなら、いい。「あのね、それはね」と答えよう。が、旅疲れがピークに達していると、ついつい面倒になって、一言「新聞」などと答えてしまう。そうすると、「え〜?新聞?手袋なのにぃ?」と騒がれ、余計にコトが面倒になるのであった。子供の相手はテキトーにしちゃいけまへん。

 そもそも、「人に聞く前に、出来るところまで、分かるところまでは自分で考えましょうね」とことあるごとに皆様に申し上げているのは、他ならぬワタシである。「インターナショナル手袋」をひねり出した健気さを、ほめてやることはあっても邪険にしてはならぬ。(しかし、なんで“国際手袋”じゃないのだ?)
 で、いかんいかん説明するならちゃんとせな、と思い「手袋はgloveね」と言えば、「グラブぅ?グラブっていったら野球で使うやつやん?」(手袋とは違うと言いたい視線じりじり)となり、あのね手にはめるんだから同じ単語なのよ…という説明が必要になる。
 「グローブって、誰かおらんかったっけ?」と言われれば、「それは小室哲哉とKEIKOとマークね」と答える。なんでカナダまで来てコムロ〜?という愚痴はナシナシ。

 アメリカ人はたいてい黙って人の話を聞くものだが、Perthじゃ観光ガイド兼ドライバーの話に、ツアー参加のオーストラリア人達一人一人がいちいちYeah, yeah.と相槌をうっていた。(ミニバンの中が騒がしい騒がしい) その違いに、ハハはすぐに気が付いた。
 舗装されてないガタガタ道路上でもオージーの“イエーイエー大合唱”は続き、ハハは「あー、メェーメェー羊が鳴いとるわあ。おー、鳴いとる、鳴いとる」などと言って、くすくす笑っていた。
 Perthの女性が何かにつけてGorgeous!を繰り出すのに一早く気が付き、旅行中、何か見ては「ぐぉ〜じゃっす」と真似てヨロコんだのもハハである。
 セスナの女性操縦士と写真を撮りたいときには、「ピクチャー、トゥギャザー」とか言って、彼女の腰に抱きついたりなんかして。

 目に映る単語にすぐ反応し、やや強引なれども手持ちの知識に照らし合わせ、恥ずかしがりもせず人に聞き、おもしろがって真似っこし。
 ああいうヒトは、本腰入れれば英語の習得は早いだろうなと思う。ただ、ああいうヒトは好きなことしかできない性分なので、本腰入れる気になるかどうかが難しいところだが。
 ハハのあの様子を目の当たりにするといつも、私はいかに遠い道のりを歩いて今の英語にたどり着いたかと、思わず遠い目になってしまうのであった。ワタシ偉いかも、と。
 しかし、こういう人には敵わないなあと劣等感に近いものが芽生えたりも、ちょっとする。と言ったらハハは特大リアクションでひっくり返るだろうが。
 なんで劣等感かというと、ハハは、飛行機の中で気分が悪くなって客室乗務員に介抱してもらったことが過去二回あるのだが、欧米のガタイのいい乗務員さんにむんずと抱えられ、二回ともPoor baby.などと言っておでこをなでてもらったのであった。まさしく、she's everybody's baby。五十路を過ぎて、初対面の外国人男女(はるか年下)におでこヨーシヨーシとさせてしまう何かが、ハハにはあるのであった。
 いや、私もなでてほしいとかいう問題ではなくて。海外へ行くと、ああいうやたらに垣根が低い人が、頭一つ抜けるもんなのだ。ろくすっぽしゃべれないのに、人種も言葉も越えてさっさと人気者になるのは、ああいう輩。で、知らん間にしっかり言い分を通していたりする。
 私など、ああいう武器がないからこそ、語学力で補おうとして人一倍頑張ったようなものだということに、ぼんやりと気が付いてしまったりして、コンプレックスを刺激されるのよ…。

 Perthから空港までのシャトルの中。ハハは隣で、「インターナショナルツアーは!」「こちらですってか?」などと小声で言って遊んでいた。窓の外には、International Tours W.A.という看板。
 私は「W.A.はWest Australiaやろ。“は”やないよ」と教えてあげながら、“これってやっぱ分かっててボケとんのかなあ〜。「なんでやのっ」とツッコむべきなんかなあ。普通に考えたらそうやわな〜。いや、もしかして私がむっつりして見えて、一人でボケでもせんと間がもたんのかなあ〜”などと、流れゆくPerthの夜の景色を見ながらイロイロ思ったのだった。
 でも、それ聞いたところで、「は?おかーさん一人でしゃべっとるだけよ」とか言うんだろうなあ。やっぱ敵わんよなあ、ああいう人には。