第19回『おねえおばあちゃんの心配事 (後半)』
(2003_09_18)
 先日、結婚して既に子供もいる従兄弟が、新居を構えたというので、そのお祝いに一族五世帯が集まった。その場におばあちゃんは来られなかったが、彼女がこれ以上家族を忘れないようにと、本人を含む皆それぞれの写真を集め、大きな額に入れる作業が行われた。できあがったら、ケアホームの自室の壁に飾るのだ。

 かつて民謡のステージに立ったおばあちゃん、ハワイで微笑むおばあちゃん、そして、私や父母や、おばさん、おじさん、従兄弟たち。数々の写真の中には、おばあちゃんが大事に保存してきたセピア色の写真が含まれている。
 母が七歳のときに他界し、私は写真すら一度も見たことがなかった、祖父の姿もあった。着物姿で、口をきゅっと結んで真正面を見据える、驚くくらいに、小さな人。この人が、おじいちゃんなのか。
 私は、うんと小さいときから気付いていた。母はしていないのに、おばあちゃんは、左手の薬指に指輪をしていること。夫が死んでしまった後、三人の娘達を育てながら、そして確かな現実を持たない今になっても、指輪はいつも定位置にある。

 「恵理ちゃん、知らんやろう。おばあちゃんは結構な美形さんやったに」の声に、「どれ?」とのぞいてみた。
 私、そして家族のほとんどが見たことのない、写真館で撮影されたと思われる若き日のおすまし顔。そこにいたのは、おばあちゃんではない、一人の女性だった。きれいで、なんだかモテそうな。「こんにちは」と私は会釈してみた。横で若い従姉妹がクスリと笑った。

 写真館か。そういえば、去年おばあちゃんに会ったとき、言ってたっけ。「アナタ、東京詳しい?九段の駅前に、信号機があるでしょう?」信号なんて、どこの駅前にもある。「うん、あるね」と答えると、「そこの角の写真館にお勤めしてたのよ。今思えばあの頃が一番楽しかったわね。華やかでね」と言った。
 床に伏せったおばあちゃんの口から「華やか」という意外な言葉が飛び出したとき、ちらと違う世界が見えた。仕事帰りにパーラーに立ち寄って、冷たいものでも飲んだりしたんだろうか。恋の駆け引きとか、あったりしたのかな。

 おばあちゃんの中ではきっと、一人の女として生きた時間と記憶が、今でも生き生きと続いている。白髪頭で、皺(しわ)もできて、すっかり呆けが来ていても、中のみずみずしさは変わらないみたいだ。いや、年齢を忘れた分だけ、心おきなく女でいられるかもしれない。
 うちのおばあちゃんを見ていると、痴呆の人というのはずーっと呆けているわけではなく、通常の思考ができる時間が極めて短く途切れ途切れなのだろうと思わされる。身近にいて世話をしてくれる家族にときどき憎まれ口を叩くのは、まともな思考のときに呆け向けの対応をされて、イライラし、傷ついているのではないだろうか。

 実は、皆が初めて見る若き日のおばあちゃんに、「恵理ちゃんに似とる」、「ほんとや」という声があがった。でも私の率直な感想は、「うーん。似とるかもしれんけど、完全に負け」。
 おばあちゃんにしてみたら、ブサイクでさえかわいかった孫が、ちょっとだけ自分に似てきて、呆けた今でも、何かを刺激されるんじゃないかな。頭の中で長い時間を行ったり来たりしながら、私の前では完全にお姉さん気分なのは、そのせいかもしれない。ちょっとだけ、自分を見ているような気が、するのかもしれない。

 ホームからの帰り道、「ねえ、母さん。おばあちゃんさあ、死んだら絶対私んとこ来るわ」そう言いかけて、やめた。“死んだら”と言うのがはばかられたし、言ったら、本当にそうなるような気がしたから。
 でも、今では、言っても言わなくても、そのときになっても私が独身だったら、どっちみち来てしまうような気がしている。私の周りの男性をくまなくチェックし、「この人いいじゃない。なぜ駄目なの?」、「え、どうしてその人?」などと、私の肩先でやきもきするんだろうなと考えると、ちょっとおかしい。
 それまでは、五分おきの“いい人は?”攻撃に、根気よく付き合うことにしよう。きちんと聞いていれば、まともなはずの大人より、よっぽど冴えたこと言ったりするんだもの。