第16回『いつかすごくなれる日を (FLASHDANCEの思い出1)』
(2003_03_11)
 She's a maniac.....She's dancing like she's never danced before..... ふと耳にしたMANIACという曲が懐かしくて、何の約束もない独りの金曜日の雨の夜、古い映画のサントラCDを買いに行った。FLASHDANCE。
 公開当時、私は中学2年生。1ヶ月分の小遣いに相当する約3000円弱のLPを買うようになって間もない頃で、これは当時の私の数少ないコレクションのうちの1枚だった。そうそう、映画は柳ヶ瀬の映画館で、父親と2人で見たのだった。私は夢に向かって踊る女の子に、父は汗を飛び散らせて踊る女の子に憧れて、だったと思う。
 あれから20年近くたった今夜、テーマ曲WHAT A FEELINGを始めとする数々の曲に合わせて鮮明に私の脳裏に映るのは、坂の上に立つ実家の、当時の私の部屋の窓から見えていた夜の景色だ。雨の日には、路面電車の音が遠くまでよく響く。夏には、上空を飛ぶ飛行機の音が大きく聞こえる。そんな湿った空気、熱っぽい空気も、あの光景と一緒によみがえってくる。

 とりつかれたように踊る主人公に圧倒されて、「わー。すごー」と小遣いはたいてLPを買ったはいいけれど、当時の私は詞の意味をほとんど理解していなかった。確か、訳詞はついていなかった。あったのかもしれないけど、記憶にない。公立中2レベルの頭と耳では無理もないけれど、そんなことは大して気にはならなかった。メロディに心を乗せてさえいれば、私は自分の部屋にいながらにして、別世界へ行けたのだ。
 何度か聞くうちに、本当に印象的な歌詞だけが頭にこびりついた。たいていは、曲のタイトルと同じだからすぐに分かったというものだ。とはいえ、私は田舎の中学生。全10曲の中で飛び交うHe's a dream.とか、I'm going on a manhunt.とか、He's my Romeo.とか、Lady, lady, ladyとか、ようやく理解できたそんなフレーズを歌っては見ても、それらが笑ってしまうくらいに何の現実味も持たない世界に生きていた。

 だいたい当時の私といえば、近所の幼なじみと一緒に毎日30分ほど歩いて中学校に通い、遅刻しそうなときは一緒に走るものの彼女の健脚に途中でついていけなくなり、「私を置いてって」「うん。ごめんね」などというやりとりにちょっとみじめな思いをするのも度々で、学校に着いたら着いたで、「その顔ナマイキなんじゃ」と先輩に因縁つけられたり、「スカートが長い生徒」と学級通信に名指しで書かれてふてくされたり、放課後には好きな男の子がいたテニス部の練習を校舎の窓から眺めて、「こっち見たーっ」と一人喜んだりしていた。
 私と5歳しか違わないはずの主人公ALEXが、倉庫みたいな部屋で大きな犬と一人暮らしをし、男にまじって鉄工所でバイトし、ナイトクラブで踊り、タキシードを着てデートして彼を誘惑し、オーディションに夢を賭ける。そんなの、どこをどう切り取っても、私の生活とは接点がなかった。
 だから、正確に言うと、聞き取れたフレーズの端々が、フラストレーションや憧れとともに私に刻み込まれたのだ。夜になると私は、部屋でLPを聞きながら、窓から外を眺め、「ここじゃないどこかに生まれてたら、東京だったら、アメリカだったら、もっと違う生活してたかなあ、もっと自由でおしゃれだったかなあ、モテてたかなあ、manhuntしたり、ladyって呼ばれたり、I love you.って言われたり、それでもってちゃんとした夢もあって、でも私にdanceはちょっと…」などと、とめどなく妄想していたのだった。

 「ここじゃなくて、もっと違うところでだったら、私はもっとうまくやれるのに。みんな私のこと分かってない。私はもっとすごいはず」 なあーんにも持たずに、なんの根拠もなく、私はそう思っていた。確かに甘いけど、13-4歳の少女としてはごく自然な感情だろうし、ある意味では実に正しかったといえる。
 当時の私が何か一つ偉かったと言えるとしたら、「実は私はすごくない」と思わされるだけのカッコ悪い出来事が、日常生活の中で山とありながら、それらをちっとも気に留めなかったことだ。もともと根拠がない思い込みなだけに、崩れようがなかったといえるかもしれない。
 こうして私は、「いつかすごくなれる日」を、今か今かと待つような中学時代を過ごしていた。
(つづく)