第13回『めざせ、懐妊』(2002_02_23)
 ここのところ、私のまわりは妊娠出産の話題が多い。欲しいのになかなかできなくて頑張ってる人達や、悲願達成しためでたい人達がわんさか。
「若けりゃ、またぐだけでもできるのにな」とはヒネた男友達の弁だけど、30歳をすぎた初産だと、みんな涙ぐましい努力をするもの。夫婦でも相手を傷つけないようにいろいろと気を使う。「夫婦」って、やったことのない私には分からない領域。

 どうしても赤ちゃんが欲しいメグちゃんは、夫がシャワーに立ったすきにベッドから跳ね起きて、素っ裸でエイっと逆立ち、一瞬の後あわててまたベッドにもぐりこんで素知らぬ顔で夫を待つ…という涙ぐましい努力を繰り返している。
 夫の母は、赤ちゃんができないのはメグちゃんが欲しがらないせいだとチクチク言ってくるらしいけど、彼女曰く「撃ってもいない弾が的に当たるわけないと言ってやりたい」。しかし、夫に妙なことを言って今より撃たなくなっては困るので、たまの発砲後には、彼に隠れて逆立ちしているのだ。
 ある夜の逆立ち事件。メグちゃんが「急がなくちゃ」と布団を跳ね上げ、エイヤッと床を蹴り上げたところで、「ねえ、洗濯物さあ」と夫が戻ってくる気配。焦りまくった彼女は、無惨にも全裸のまま“でんぐり返し失敗”の格好で崩れ落ちた。ドアを開けた夫の前には、思ってもみなかった光景が。「なっ…何してんの」とフリーズする夫。彼女のお尻は、一瞬遅れてドサッと床に落ちた。
 彼を見上げて「イ、痛…」と言うのがやっとの彼女。「え?何?大丈夫?」と混乱する彼。逆立ち&恥ずかしさで全身の血がドッと顔に集中した彼女は、真っ赤な顔で「お、お、おなか痛い、の」と腹を抱えてみせた。彼女が痛みのあまりベッドから転がり出たと解釈した夫は、それはそれは心配してくれたらしい。「いつから痛かったの?救急車呼ぶ?」などと言われ、彼女は腹痛の演技をしながら「きゅ…救急車はやめて」と冷や汗をかいた。
 「ほんとに大丈夫かなあ」とオロオロする夫に介抱されながら、彼女は彼女で「ま、まさかこれでまたしばらく撃ち止めなんてことは…」とオロオロしていた。今はなんとか通常ペースに戻り、メグちゃんは「前より100倍慎重にやってるよ」だそうだ。神様、2度目の悲劇が起きる前に、どうかあの2人に赤ちゃんを。

 妊婦には知名度120%の「たまごクラブ」は、ある意味、日本一ぶっ飛んだ雑誌。仕事の関係で毎月読んでいた時期があるけど、たまごママ達は、「母になる」という喜び&大義名分のもと、脱ぐわ、開くわ、見せるわ、何でもありで部外者の目眩を誘う。
 いつだったか、投稿欄に「何年も駄目だった私と姉が、これで授かりました!!」とイラスト付きで紹介されていた、逆立ち以上の必勝技を、3年間子宝に恵まれない同僚のサトさんに耳打ちしたことがあった。「足首つかんで逆さまに振る。これでもう今夜できちゃうしー」「ええ?ほんとー?」と給湯室で2人、声を殺してくふふふふと笑った。
 数ヶ月後。「できたのーっ。振ったのーっ」、サトさんは声高らかに発表した。前半に気をとられて後半を聞き逃し「やーん、おめでとーっ」と喜んだら、「エリちゃんのおかげよ」と言われて、「は?」
 「あの日ねえ、晩御飯のときダンナに必勝技の話をしたのね。冗談だったんだけど、ある日、バッとダンナが飛び起きて、いっきなり私の足首つかんだの。ブンブン振られてキャーッとか言いつつ、『この人、顔に出してなかったけど本当はそんなに欲しかったんだあ』って考えちゃった。今まで悪かったなあって。でね、そんときの子なのよう」「う、うそお…」私は、彼女が自慢げに叩く、まだペタンコのおなかを半信半疑で眺めた。ほんとに効くのかしらん。
 ああ、両親のケナゲな努力をこの子が知る日は来るのだろうか。サトさんは、「絶対に女の子だから、恵理って名付ける」と張り切っていたけど、生まれたのは男の子だった。子供にとっては、妙なストーリーを背負って生きていかずにすんで良かったのではなかろうか。サトさんは、母親にたしなめられるほど、心底がっかりしていたけれど。

 逆立ちや逆さ振りをしないまでも、2人して奥さんの下腹に向かって「ほれー、泳げー」と声援を送っていた夫婦もいる。彼らも、無事にパパとママになった。
 みんな、なんてかわいいんだろう。そして、やさしい。30すぎて、世の中を見る目は多少醒めてるし、金勘定もしなくちゃならないし、めんどくさそうな顔したり眉間にシワ寄せたりもしてる。だけど、一方でちゃんと幸せな家庭を夢見て、やっぱりダンナや奥さんのことを気遣って。
 赤ちゃんは、こんなにかわいいお父さんとお母さんのところに生まれてくる。でも、自分も全身全霊でかわいいから、お父さんとお母さんがどんなにかわいいか、なかなか気づかない。分かるのは、こんなに大きくなってから。私みたいに大人になってしまってから。
 私は、私の周りのかわいい大人達を、きゅーっと抱きしめたくなるときがある。でも、なかなかそうはできない。だから、せめて心で包んでいたいと思う。