第9回『あの子はゲイ?母のキモチ姉のココロ』(2001_06_26)
 お昼の会議室。女子ばかり数人が集まってお弁当をつついているときに、CGデザイナーのテルチンが唐突に言った。
「ウチの弟さあ、ゲイかもしんないんだ」
「ええええーーー?!」
 これがもし「ゲイなんだ」という告白だったら誰も「ええー」なんて言わない。「かもしんない」だからこそ、みんなの興味が集中した。

 テルチンはデザイン系の専門学校を出た23歳、金髪のショート、スカートをはくときだって足下はごっついワーキングブーツ、自分のことをボクと言う。で、弟君の通称キヨちゃんは黒髪の高校2年生。テルチンはお勉強が苦手だったらしいが、キヨちゃんは進学校でいい線いってるらしい。で、ある日、母娘二人が家で茶をすすっているときに、フリル付エプロン姿の母46歳が上目遣いに言った。
「テルちゃん、キヨちゃんね、普通じゃないかもしれない」
「はっ?」
 年頃の男の子にしてはテレビなんかの若い女の子にちっとも興味を示さない、なんかのはずみにベッドシーンが映っても目を奪われることもなければ照れもしない、いかにも平然としていて、母ながらこれでいいのかと思ったのだと言う。日に日に不安は募り、意を決した母はキヨちゃんが学校に行っている間に部屋に侵入した。
「なかったのよ。何も。女の子のハダカの写真集とか、雑誌とか、ビデオとか、あの子、何にも持ってないの。マットの下とかタンスの後ろとかも探したわよ。でもないの。ヘンでしょ?」
母はそう言ってテルチンに相談したのだ。恐るべき母心。
「うーん、そういえば」
 確かにあいつにはオトコっぽいところがない。自分はさっさと母親をお母ちゃんと呼ぶようになったが、あいつはいまだにママと呼ぶ。おかげで母も自分をずっとママと呼んでいる…。考えるテルチンを置いて、母はさらに飛躍した。
「キヨちゃんはオカマちゃんかも…」
「お母ちゃん、ゲイとオカマは違うよ」
テルチンはあわてた。
「キヨは女装するわけじゃないでしょ?」
「それもね、探したの。でも、そういうのはなかった。だから、テルちゃんのを着てるのかも」
「ちょっと待った!それはないよ。そういう気配は感じない」
「あ、そうお?」
 母がなんだか不満そうな表情を浮かべているのが気にはなったが、テルチンはきっぱり否定した。
「ボクも、ちょっと気をつけて見とくから。結論出すのは早いよ」
テルチンはそう言って、母娘の会話は一段落した。

 数日後。仕事帰りのテルチンは「あー、ハラへったなあ」などと思いつつ、駅からの道をエッサエッサと自転車をこいでいた。自動販売機でジュースでも買うかなと思ったのだが、自販機の前でずっと立ち話をしている二つの影を発見。背の高いのと低いのがいて、高い方が、低い方の子の腰に手を回している。
「げっ、あれ両方とも男じゃん。今、はやってんのか?おお、おお。よさげなムード。ありゃマジだ」
 興味津々で観察を続けるテルチンの自転車はぐんぐん自販機に近づいて行ったが、思わずぐらりとハンドルが揺れた。
「キ、キヨだ…」
 背の低い方はキヨちゃんだった。気づいたときには、かなり近づいてしまっていて、もう横道に入る曲がり角もない、Uターンしたらばれる。話に夢中の二人に気づかれないことを祈りつつ、テルチンはぐっとうつむいて二人の横を通り過ぎた。

「お母ちゃん、キヨはマジでゲイかも」
息を切らして帰宅、一部始終を話した娘に、母は言った。
「やっぱり…。テルちゃんが男の子みたいだからバランスとってるのかしら」
「そんなことでバランスとらなくてもいいだろ」
「ママは、いいと思うわ。キヨちゃんが寂しい思いしてたらかわいそうだけど、もうお相手がいるならいいじゃない」
「母親がそんなに物わかり良くていいのか?」
「だって、キヨちゃんが幸せなら、ママはいいわ」
「そっか、そだな。今どきゲイぐらいどってことないよな」
「そうよ、ママやテルちゃんが分かってあげないと。パパには内緒よっ」
 こうして母は、キヨちゃんの応援団になることを娘にも約束させた。そして、その後帰宅したキヨちゃんはいつもと何の変わりもなく、テルチンの目撃に気づいているのかどうかも分からなかった。はたしてキヨちゃんは本当にゲイなのか…。

 会議室で弁当つつきながらテルチンからそんな話を聞いた私達は、キヨちゃんがどうのと言うよりも「お母さんがすごいよね」という感想を抱いていた。実は、テルチンの不安もそこにあった。
「どうも、逆にゲイで喜んでるみたいなんだよな」
テルチンが不満そうに言う。昨日の夜、母はテルチンにこう言ったそうだ。
「ママ考えたんだけどね、キヨちゃんって、きっと「受け」よね?」
「あ?」
「ホラ、あのとき。ね、そう思わない?だって、あの子、優しいとこあるし」
 さすがのテルチンも赤面した。「受け」って表現は何だ?その役割と優しい性格って関係あるのか?テルチンはいっぱい言いたいことがあったけど頭が混乱して、これだけ言うのが精一杯だった。
「あのなあ、ホンモノの女だって優しいのばっかじゃないぞ」
「え?」
 フリフリエプロンの母はきょとんとしてテルチンを見つめるばかりだった。