第6回『英語ライター生命の危機!身近に強敵が』(2001_05_11)
 いま事務所で一緒に仕事をしているルミさんは、ロスに数年住んでいたことがあるけど、英語がからっきしダメだ。事務所に外国人が来ても、初対面なら「ハロー」ぐらい言ってみせるが、二度目からは完全に日本語に切り替える。ニッコリ笑って「こんにちはー。こちらへどうぞー」だ。
 あっちでは日本人と暮らしていたし、ウエイトレスのバイトをしたこともあったけど、辞めるときマネージャーに「サンキュー。君のおかげでスタッフがジャパニーズを覚えたよ」と肩を叩かれたほど。筋金入りなのだ。「アメリカに住めば英語しゃべれるようになるなんて嘘っぱち」と彼女は断言する。私もそう思う。

 この調子だから、彼女の英語の電話の取り次ぎは、珍名の嵐が吹き荒れる。今日なんか、相手がViola(バイオラ)と名乗るや
「OK、ミス バイオレンス(暴力)」*
と言って相手を絶句させた。
 先日のCath y(キャシー)からの電話は、「パピー?」(子犬?)と聞き返して、本人にNo, I'm not a puppy.(いいえ、私は子犬じゃないわ)と言われ「ええー?」と言い返し、Doug(ダグ)から電話があったときは、事務所内に響き渡る大声で「Mr.ダック(あひる)から電話でーす」と言い切った。ここは動物病院か?
 事務所にいるネイティブ達はクックックと肩を上下させているが、彼女は意味なんて考えていない。聞こえてくる音を、自分が聞いたことのある単語に結びつけているだけだ。それはある意味でとてもまっとうと言うか、英語だろうが何だろうが関係ないわという点において、なんだかとってもアッパレな感じすらする。だって、たいていの日本人ってヘンなコンプレックスがあって、英語に対して卑屈なところがあるでしょう?私にだって、ないとは言えないし。

 そんな彼女が、だしぬけに「ねえ、is とareって何が違うの?」と言い出した。私は慌てたさ。あの彼女が文法に興味を示しているのだ。ここでうまいこと返事してやらないと、「やっぱ私には英語は分かんナイ」とソッポを向かれてしまう。焦る私に追い打ちをかけるように、「英語って、全部isがつくんでしょ?」と、これまた難問をぶつけてくる。そういえば、ルミ文法は、She is go. (彼女は行く)He is vacation.(彼はバケーション中)ってな具合に、なんでもisがついて、その後に言いたいことが来るのだ。「…。」通じることは通じる、確かに。
 私は口をぱくぱくさせて説明した。「あのね、isとareって、意味は同じなの。日本語の『〜は、です』みたいなもんで、状態とか性質とかをさすの。「これは赤い」ってThis is red.でしょ。isがないと、日本語で「これ、赤」って言ってるのと同じで、通じるけどちょっと足りない。それで…。」

 ああ、私は今、何千何万という読者に試されているのではなかろうか。目の前のルミさんにis とareが教えられずして、どうして見ず知らずの皆様に向かって英会話の本を書くなんてことができよう。
 ルミさんがいつ「つまんなーい」という顔をしだすかと思うと、ハラハラもんであった。彼女は「へえー、そおなんだー」とお人形のような睫毛をパチパチしながら聞いていたけど、たぶん一回じゃ分かってないだろうな。根気よく説明せねば。彼女は私にとって、最も愛情を持って接するべき生徒であり、かつ最もパワフルな強敵だ。
 私がすっかり自信喪失して筆を折るなんてことがないよう、英語ライター生命を賭けて挑まねばなるまい。

*注:英語ではファーストネームにMissやMr.はつけません。Missをつけるのはストリッパーとか水商売の女の人。